3月27日、シアタークリエでミュージカル「next to normal」を観ました。
今回の再演が初見で、キャスト陣は2チームある内の安蘭けいさん率いる側に行っています。
ネタバレなしで観た方がいいと見聞きして、できる限り避けて臨みました。そして、何も知らず行くべきと言われる理由を実感しています。
しかし本当にこれでいいんだろうか。映画のPG12やR15のような何らかのゾーニングや注意は必要なのでは、と考え込んでしまった。
幕間に書いたメモには1行目から「やっていいことと悪いことがある」と書いている。
演奏と発声と歌唱力、照明でのライティングに身体表現。それらを駆使して戯曲が表現される様は、刺激が強すぎた。
客席で心身に大きな影響を受ける人が出るリスクを考えると、ネタバレNGと言っている場合ではないんじゃないか。でも確かにこれからの人には○○が○○(セルフ伏せ)とは知らない状態で観てほしい。
そんな葛藤を感じたストーリーでした。
刺激が強かったのは「特定の誰かのファンというよりは、今回のメインキャストの皆さんに広く浅く思い入れがある」状況と、「自分自身が家庭を持ったばかり」という背景も要因として大きかったと感じています。
大学の新年度前に講堂で見た、急性アルコール中毒で子を失った母のインタビュー映像。自動車学校で見た交通事故遺族のドキュメンタリー。フィクションのはずの「next to normal」にもそれらと並ぶショッキングさがありました。
使われているポップな音楽や照明とのギャップで、余計に圧を強く感じたのかもしれない。
病めるときも、健やかなるときも。直接の台詞にはなっていなかったものの、その言葉の実現がいかに難しいかと家庭を持つことの重みを突きつけられた作品です。
むしろダンとダイアナの夫妻が(いわゆるできちゃった婚による駆け落ちのため)過去にも「病めるときも、健やかなるときも〜」の誓いを口にしていなかったのが彼らのすれ違いの原因のひとつだったのかもと思いました。
すれ違いというか、ダンのダイアナへの想いが一方通行に見えたという点で。二次元界隈で目にする表現を使うと「ダイアナ→→←←←←←ダン」の図に思えました。
ゲイブの存在が自分のキャパシティを超えて不可解で、まだ理解しやすい気がした夫婦間の視点でどうにか物語を理解しようとした結果です。
そして、そこへ思いを巡らすきっかけとなったのは間違いなくダン役の岡田浩暉さんの演技とその切実さでした。今回はじめて観た役者さんでしたが、今後も注目いたします。
ちなみに昆夏美さんは2016年に「コインロッカー・ベイビーズ」で、新納慎也さんは2020年の「日本文学の旅」で橋本良亮さんとの共演経験があります。(2016年時点では舞台に疎かったため上記の作品は観ていないものの、その後「マリーアントワネット」で昆夏美さんを観ました。いつか彼女と華優希さんでの姉妹役を観るのが夢です)
安蘭けいさんのことは「OSLO」と「蜘蛛女のキス」で、海宝直人さんはN2N発表後の「murder for two」にて観ています。
私の組んだドリームチームと錯覚しそうになる
— 春🧘🏻♀️ (@ps2310201) 2021年10月29日
(情報解禁された直後のツイート)
特撮好きの夫からは「これ行くの?大久保さんと藤田さんは知ってる」と言われ、その2人の感想は言えない〜という申し訳なさと見ている分野の違いを感じました。
橋本良亮さん演じるヘンリーは、これまでに彼の出演作品「コインロッカー・ベイビーズ」や「良い子はみんなご褒美がもらえる」を観ていたことから「過去に演じた役の、現時点での集大成」のように感じました。
彼自身も不安定でありつつ作中では相対的に「普通」。これまで演じた役のエッセンスも含みつつ、彼がヘンリーと向き合って生まれた役だと感じます。
ナタリーの抱える辛さを良くも悪くも非現実的に捉えている、地に足のつききっていないヘンリーを演じていた印象です。
彼が若さで突っ走れたからこそ、ナタリーの心が動いてダイアナも踏み出すことができた。数年後に彼がナタリーと一緒にいるかはわからないけど、今この変化のきっかけを作ったのは彼だった。そんな風に感じました。
新納慎也さんはとにかくかっこよかった。全編を通して彼の良い意味での怪しさとセクシーさが映えていました。ラストシーンで皆の衣装が赤から紫へとグラデーションしていた中でのスーツ姿が特に印象的です。
精神科医という役どころと、初演からの続投キャストというメタ視点での二重に安定感がありました。
今日で『next to normal』東京公演中日でした!
— 新納慎也(Shinya NÎRO) (@ShinyaNIRO) 2022年4月6日
ひとまずここまで無事に公演が出来ている事に感謝!
大好きなこの作品、心を込めて連日日本の観客の皆様にもその素晴らしさを伝えられたらと思っています。
マッデン先生は相変わらず絶好調です。ファイン先生ももちろん!#nexttonormal pic.twitter.com/GUgy7h1MWh
(4/8追記)このツイートで知ったのですが、最初に出てきた精神科医も新納さんだったとは。全く気付かなかった。改めて演技の幅の広さに感服です。
副作用の虚脱感を病状の安定と捉える先生は別にそんなに元気じゃなくてもいい気もするけどな、とも思ってしまった。
海宝直人さんと昆夏美さん、おふたりは本当に欧米のティーンエイジャーに見えました。Eテレで夕方見ていた外国のドラマに出てくるような。(これは最序盤に抱いた感想で、決して橋本良亮さんはそう見えなかったというわけではなく)
2人の服装が欧米のティーンエイジャーを想像したとき浮かぶようないわゆるステレオタイプに思えたからこそ、兄妹の抱える歪さというか普通でない部分が際立って見えたと感じています。
一緒に「スーパーボーイとインビジブルガール」を歌う姿は、声量と歌唱のパワフルさが最後列に近かった席まで届いてくるようでした。
またひときわ印象に残る曲だった「I'm Alive」はApple Musicで繰り返し聴いています。
海宝直人さんのコンサートでも披露されていた、舞台で改めて観た方が驚いたとの感想を事前に目にしていましたが、実際に観て驚きや衝撃の意味がよくよくわかりました。
安蘭けいさんと昆夏美さんの場面では、ずっと涙が出ていました。2幕の後半あたりからはひたすらよれたティッシュで顔を押さえていた。
ダイアナとナタリーが、それぞれ電気ショック治療の麻酔とオーバードーズによって肉体を飛び出し語り合った場面が好きです。
夢かうつつかの空間で笑って顔を寄せ合う2人が綺麗で、顔立ちや表情に本当の母娘のような雰囲気が見て取れました。役者さんどうしでの親子役や兄弟役を見て「たしかに似てるかも」と思う瞬間が楽しい。
幻想とも思える空間で会話をして、パニックの中で咄嗟に娘の名前を呼んで、ひとまずの回復後に本音を伝えて、と母娘が距離を縮める過程が丁寧に表現されていたと感じます。
(逆に言うとこれくらい段階を踏めば外野から唐突な展開と言われないんだな、と拗らせた納得もしてしまった。何か創作しているわけでもないのに。)
ラストシーンでダイアナが家を離れたときは驚いたものの、前半に生まれ育った山の中を懐かしみ歌っていた姿と自然に結びつきました。
思い描く幸せに固執せず、自棄にもならず「普通の隣」を受け入れ目指す勇気を持つこと。
一流の音楽や演技と共に差し出されたメッセージは、これからも年月をかけて少しずつ消化していきます。