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良い子はみんなご褒美がもらえる、ラストに関する感想

舞台「良い子はみんなご褒美がもらえる」感想。各演者さんの長台詞が印象に残りつつ、肝心な部分は肉体的表現に委ねている作品だった。小手伸也さんが特に印象的だったな、ほぼ唯一把握していた前情報「コールセンターのバイトをやめる」とのギャップがありすぎる美声とコミカルな演技。あとアクロバティックに動くダンサーさんが均一に見えていたけど、カーテンコールで一列に並んだとき体格差がわかったことも驚きだった。

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取り急ぎ書いておきたい、堤アレクサンドルのラストシーンの解釈について。彼には舞姫とアンチゴーヌの主人公を連想した。自分の問題を自ら解決できなかった衝撃と、家族を顧みず意志を貫くところに。芯の強さと身勝手さ。あのラストシーンは彼が衰弱と絶望により死の淵で見た幻影、という認識です。

大佐の自分(たち)を追い出すための策で抗議かなわず釈放されることによる憤死。初めから取り違えたふりで厄介払いする為に同名を同じ監房(病室)に入れていた大佐はたしかに天才だ、と思った。クライマックスの長いダンスシーンで、まるで三途の川を渡るようにバイオリンを持った看守服の男たちが迫ってきて、オーケストラの指揮を取った瞬間が彼の死。精神的に狂気に取り込まれただけでなく、絶食のために肉体的にも命を失ったように見えた。

無言のダンスシーンが多かったことを観劇直後に「潜在的革命的排他的インスタレーションだった」とツイートしたんだけど、出典はピューと吹く!ジャガーって漫画の「その鳥は自らの命を断ち、自由を手にした」という台詞で始まる作中作品です。観ているときこれをちょっと連想したので、彼が命を失ったという捉え方に影響されたような気もする。(両方知ってる方に怒られそう)

堤アレクサンドルが大佐の策を悟って橋本アレクサンドルに成り代わってでも病院に残るためオーケストラはいると騙り、その結果本当にオーケストラを見る、という終わり方でもそれはそれで分かりやすかった気もする。どちらにしても息子は父親に会えないことに変わりないけど。

「良い子はみんなご褒美がもらえる」という題名に関しては、それこそ無垢な息子が父親との日々を得られなかったように「模範的であれば報われる、に代表される世間一般で前提とされている物事は必ずしも正しくない」と示すための逆説的な題だったのかな〜と思います。堤アレクサンドルが肉体的に生きていて釈放され家庭に戻ったとしても、オーケストラの一員となった彼は息子が帰ってきてほしいと願った父親とはもはや別人なので。

橋本アレクサンドルについては、小手さん医師による「オーケストラはいる!」で彼のオーケストラは強固になったろうし釈放されてもなんだかんだ元気に彼のオーケストラと共に生きていくんだろうな、と思います。

あと最後に、演出家ウィル・タケットさんの言ってた「架空の独裁国家が舞台」と「ファミリー向け」は清々しいくらい嘘でした。台詞は誰がどう聞いてもロシア(ソ連)だったし、家族で観たら帰り道無言になってしまう。夕食の席で父親に「どうだ、お前は間違ったことは間違っていると言えるか?」とか重苦しく語られる家庭を想像して辛い気持ちになった。タケット家はこういう作品を家族で観るのかもしれない。